29.

「ほら、一緒に昼を食べるくらい、別に大したことなかっただろ」

 予鈴が鳴るまであと数分のところで、ようやく俊斗がそろそろ教室に戻ろうかと席を立った。

「……せっかくの昼休みを俺と過ごして、あんたは楽しいわけ」
「楽しいけど? あ、椅子はそのままでいいよ。場所が決まってるわけじゃないから」

 パイプ椅子を元の位置に戻そうとすると、俊斗が制した。

「アキちゃんみたいに全然愛想がなくて口数も少なくて、でもいったん口を開けば直球で辛辣ってやつは今まで周りにいなかったから、新鮮で面白い」
「……俺を口説くとか優しくするとか言ってたわりに、けなすんだな」
「けなしたつもりはないけど」

 俊斗が心外な顔をした。
 生徒会室を出て鍵をかけながら、俊斗は秋を横目で見て、にやりと笑った。

「へえ、アキちゃん、俺が口説いたり優しくしたりすること、結構期待してたんだ」
「してない」

 秋は素っ気なく答えた。まったくの本心だった。

「いきなり口説いたって白々しいだけだろ? これから徐々に、自然にやっていくから」

 俊斗がウインクする。
 そう口にしている時点ですでに自然ではないが、いちいち突っ込む気もしなかった。

「それじゃ、また明日の昼──は、だめだ。五時間目が英語だから、小テストの勉強しなきゃ……」

 俊斗がブレザーの胸ポケットから生徒手帳を取り出した。時間割の書かれたページを開き、

「そうだな……。じゃあ、これから月・水・金と一日置きにここで昼を食べよう。来週は中間テストだから昼はないけど。いいか?」
「いいかって、俺に拒否権あるの?」

 生徒手帳から目を上げて、俊斗が笑った。

「拒否権はない。でもアキちゃんにも授業の都合があるだろうから、交渉の余地はある」
「じゃあ月曜日だけで」
「それはだめ。週に三日はアキちゃんに会いたいから」
「月・金」

 まったく自然ではない口説き文句らしきものも三日という言葉も無視して、秋は言った。
 俊斗が思案しているように秋をじっと見つめる。

「水曜日の五時間目は何?」
「……現文」

 頭の中に入っている時間割表を思い浮かべて答えた。予習も小テストもない科目だ。
 俊斗が苦笑し、首を軽く横に振った。生徒手帳を胸ポケットにしまう。

「わかった。じゃ、金曜日に。教室まで送ろうか?」
「必要ない」

 いい、とだけ答えたらわざと誤解してついて来そうなのではっきりと断った。
 俊斗のくすくす笑いを背中に受けながら、秋は早足でその場をあとにした。

 俊斗と昼を食べることが、大したことではないどころか、思ったより悪い時間ではなかったことが、秋を何より苛立たせた。


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