夏だから

「明日、課外授業が終わったら友達とプールに行ってくるね」

 優也がそう言ったのは夕食を食べているときだった。

「プール?」

 俺は冷やし中華の麺を挟んだ箸をとめ、顔を上げた。

「うん。だからお昼もどこかで食べてくるから」
「プールなんて中3の体育の授業以来入ってないなぁ」
「尚の学校はプールの授業がないんだったね」

 ああ、と頷く。俺の通う西和泉高校にはプール自体はあり、水泳部もあるが、水泳の授業は3年間ないのだ(最初は一年生だけないのかと思っていたが部活の先輩に確認した)。

「いいなぁ、プール。俺も友達と行こうかなぁ」

 市民プールがどこかにあったはずだ。
 泳ぐのは好きだ。水の柔らかな感触を思い出すと、いっそうその気になってきた。
 毎日毎日蒸し暑くてうんざりしていたところだ。思いっきり泳げば気が晴れるかもしれない。

「えっ、それはだめ!」

 優也が慌てたように箸を置いて勢いよく身を乗り出した。

「なんで」
「尚の裸を友達に見せるなんて!」
「体育の着替えのときにしょっちゅう見せてるけど」

 優也は複雑そうな顔をした。

「でも、それは少しの間だけでしょ? プールだとずーっとだよ。それに友達だけじゃなくてその他大勢にも見られるなんて……!」

 優也は頭を抱えてぶんぶん首を横に振った。
 まったく大げさなやつだ。どこまで本気かわからないが。

「誰も俺の身体なんて気にしねぇよ」
「いや、絶対欲情するやつがいる!」

 自信たっぷりに断言され、俺は呆れるしかなかった。

「たとえ欲情するやつがいるとしても、だからなんだよ」
「誰かにちょっかい出されたらどうするの。いやでしょ?」
「ぶっ飛ばすからいい。それに、人がたくさんいるなかで俺にちょっかいを出すなんてお前くらいなもんだろ」

 優也は黙り込んだ。
 いや、そこは否定しろよ。前科が多々あるにしても。

 でも自分で口にした「人がたくさんいる」という部分に気が重くなった。
 そうだ、人はたくさんいるだろう。夏休みだから家族連れも多そうだし、こんなに毎日暑くてはさぞや盛況だろう。

 人で溢れかえるプールを想像したら、もうほとんど行く気はなくなってしまったが、そんなこととは露知らず、

「じゃあ、今度俺とふたりで行こうよ」

 と優也は続けた。

「で、俺にちょっかいを出すのか?」
「尚が出してほしければ」

 優也がにやりと笑う。
 手元の麦茶をテレビドラマさながらにぶっかけてやりたかったが、麦茶がもったいないのでなんとかこらえた。

「言っとくけど、ぶっ飛ばすのはお前も例外じゃねぇからな」
「え〜」
「やっぱり友達とも行かない。人多そうだし」
「うん、それがいい」

 優也はほっとした様子でようやく身体を戻すと、再び箸を手に取った。
 結局優也の望みどおりになったかたちで、なんだか面白くない。

 だいたい、俺に欲情するやつがいるなら優也に欲情するやつもいるってことだろう。同じ顔だし、なんなら優也のほうが身体は引き締まっているのだから。
 ……ますます面白くなくなってきた。

 優也をちらっと見る。
 優也はご機嫌な様子で冷やし中華をすすっている。

 いっそのこと、俺が今夜優也に“ちょっかい"を出してやろうか。
 わざと身体に痕をたくさんつけて、素肌をさらせないように。

 一瞬そう思ったが、優也のことだ、むしろ誇らしげにさらす可能性もなくはない。
 それに優也の身体のあちこちに痕を残す俺自身を想像してしまったら、恥ずかしくてたまらなくなった。

「……尚、どうかした? 顔が赤いけど」
「暑いだけだ」

 俺は即座に答えて近くのエアコンのリモコンをつかみ、風向きを俺に当たるように変えた。
 優也が探るように俺を見て、首を傾ける。

「毎日毎日、暑すぎだろ」

 なんだか失言したような気がしてなおも言葉を重ねると、優也は含み笑いをした。

「夏だからねぇ」
「プールは斎紋の近くのところに行くのか?」

 なんとなく分が悪くなったような気がして話を逸らすと、というか戻すと、優也はますます笑みを広げたが、深く追求してはこなかった。

「うん、そうだけど」
「じゃあなんかうまそうなお土産買ってきて。水まんじゅうとか葛きりとか、夏向けの和菓子」

 優也の通う斎紋高校は田んぼに囲まれた西和泉と違って街中にあり、周りにはいろんな専門店がそろっている。
 たかがプールでお土産も何もないのだが、何かお詫びというか、そういうものが欲しくなったのだ。何のお詫びかもわからないが。

「わかった。買ってくるよ」

 優也が素直に請け合ったところをみると、優也はわかっているようだった。

お題提供:舞子さま
ありがとうございました♡



[2023.07.27]

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