LOOSE

「仕事」

 薫が不満そうに呟いた。不満そうな顔でさえ、美しい。
 金曜日の夜、俺のマンションの部屋で、俺達は薫の作ったデミグラスハンバーグを食べていた。
 以前薫の義兄が話していた通り、薫は何を作ってもうまい。

「でも、24日は祝日ですよ」
「いい加減憶えてくれ。俺の会社は、祝日は休みじゃないんだ」

 薫はなおも不満げに、わざとらしく唇を尖らせると、コーンスープをその口に運んだ。
 そういう子供っぽい表情に俺が弱いことを知っているのだ。
 17歳の高校生にはとても見えないほど普段は大人びている薫がそんな顔をすると、つい気が緩み、俺も甘くなってしまう。

「お前がクリスマスを気にするなんて意外だな。そういうの、興味ないかと思ってたよ」
「とっても興味がありますよ。恋人と過ごしてみたいってずっと思ってたんです」

 恋人。俺のことだろうか。

「過ごしたことないのか?」

 薫はスプーンを持つ手を止めると、俺と目を合わせ、頷いた。

「家庭優先。もしくは友達優先。クリスマスに俺と逢ってくれる人なんて、いませんでした」

 俺も思わず、フォークの手を止めた。
 今まで薫が関係を持ってきた、年上の、大人の男達。
 彼らの中にはおそらく、本当は薫とクリスマスを過ごしたいと思っていたやつもいただろう。
 だが、そんなことを言っても何の慰めにもならない。

「俺も、脅してまで一緒にいたいというほどでもありませんでしたし……。でも、結局は誰も俺を選ばないんだと思うと……」

 薫はテーブルの中央で揺れているキャンドルの灯りに目線を落とした。
 出会って初めて俺に手料理を振る舞ってくれたときから、薫は夕食時、こういう演出をする。部屋の明かりを柔らかい間接照明のみにして、どこかの洒落たレストランのように、キャンドルホルダーにキャンドルを灯すのだ。
 こういうロマンチックな演出を好む薫が、どうしてクリスマスを気にしないと俺は思っていたのだろう。

「もう少し早く言ってくれてたらなぁ。有休が取れたかもしれないのに」

 まあ、多少無理と根回しをすればの話だ。年末年始の長期休暇がすぐそこに控えるこの時期は忙しく、有休は取りづらい。既婚者なら家族のためという大義名分が立つが、それでもあまり取らないほどだ。

「本当ですか? もっと早く俺が言ってたら、休みを取ってくれてたんですか?」
「お前が俺と一緒に過ごしたいんなら」

 薫の驚いた顔が、嬉しそうな笑顔に変わった。
 キャンドルの幻想的な灯りのもとでさえ、その笑顔は純粋な、心からのものに見える。

「じゃあ来年は絶対」
「来年は受験生でそれどころじゃないだろ、お前」
「受験かぁ……」

 薫は椅子の背にもたれると、大げさなため息をついた。

「嫌なことを思い出させないでくださいよ」
「……それじゃあ、こうしよう。月曜の夜の7時に、俺の会社の最寄駅に来い。イルミネーションでも見て、食事しよう」

 途端に薫の顔が輝いた。が、すぐにそこに悪戯っぽい笑みが広がった。

「いいんですか? 俺といるところ、会社の人に見られても」
「お前が制服さえ着てなきゃ平気だろ」

 着ていても案外平気だろうが。

「でも、イブですよ」
「カノジョがいない者同士でつるんでる、くらいにしか思われないよ」
「俺は付き合ってると思われたいけど」

 俺は苦笑した。

「俺が捕まったらどうしてくれるんだ」

 薫が椅子を引いて立ち上がった。俺のほうへやってくる。
 俺も椅子を少し後ろにやってその長身を見上げると、薫が俺の膝の上に座り、両腕を巻きつかせてきた。

 キャンドルの揺らめくオレンジ色の灯りを受けて、薫の端正な容貌が一層美しく陰影を刻む。
 その輪郭を辿るように、ゆっくりと指を這わせる。唇に触れたとき、薫がその指先に濡れたキスをしてきた。柔らかな舌の感触がダイレクトに下肢に響く。
 自分の尻の下で蠢いたものに、薫も気づいたようだ。微かな、蠱惑的な笑みを零すと、俺の耳元に唇を寄せ、そっと耳朶を噛んだ。

「じゃ、大人っぽい格好をしていきます」
「お前がそれ以上大人っぽくするとおっさんになるぞ」
「恭哉さんにみたいに? それならちょうどい──」
「俺のどこがおっさんなんだ」

 脇腹を攻撃すると、薫が身を捩らせてけらけら笑った。先ほどの笑みとは打って変わった、少年の笑い方。
 出会った頃は、薫がこんなふうに声を上げて笑うことなどなかった。いつも誘うような、煽情的な微笑を湛えているだけだった。
 どちらの笑い方も俺は気に入っている。年相応な笑い方も、そうでないほうも。

「25日も、駅で待ってていいですか」

 まだ前者の笑いの残った顔で、薫が訊いてきた。だが、手の動きはとても年相応とは言いがたい。いつの間にかさりげなく、俺の脚の間で熱を持ち始めたものを、なだめるようにズボン越しに撫でている。実際の効果は全くの逆だったが、当然、薫も承知している。

「さすがに2日連続じゃ、同僚の人に怪しまれる?」
「どうかな。お前がお行儀よくしてれば、問題ないだろ」
「じゃあ、いい子にしてます」
「本当か? 俺の同僚には、お前好みのやつがたくさんいるぞ」

 薫は俺の眼を覗き込むようにして微笑むと、俺のズボンのボタンを外し、ファスナーを下ろした。

「俺のサンタさんはひとりだけ」

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